寄り道の中にも、剣道や柔道の重鎮が出てきます。特に、剣道の湯野先生は、現在も続いている九段高校の海の行事、「至大荘」の原型を築かれた方とお聞きしています。

着任当初は一か月に及ぶ至大荘生活、それも裏で支える遊泳部や助手の、昔ながらの理不尽な掟に、何度もこんな所辞めてやると思ったものです。それでも、行事を終えて帰って行く生徒たちは、全員が涙を流し、感激して帰っていくのです。そんな姿を見ると、また頑張ろうという気持ちに立ち返ることができました。

九段高校を移動してから、何故生徒たちがあのように感激し、至大荘という行事で成長を遂げるのか、私なりに何度も考えてみました。私なりの答えは、閉鎖環境(逃げられない)の中で、個々人が達成感を得られるようなシチュエーションが、非常に上手く構成されているということです。

例えば、飛び込み。3メートルほどの岩場から海に向かって飛び込みます。狭い岩場を全員が移動し、張り付くように座ります。そして泳力班ごとに一人ずつ飛び込むのです。下では助手が船まで隊列を組み、泳げない者でも水を飲ませないよう送っていくのです。その間、岩場からも船からも至大荘歌で、全員が励ますのです。時間はかかりますが、飛び込む時の主役は、生徒一人なのです。

同じく泳力班ごとの遠泳があります。隣の湾から出発する大遠泳はもちろん、中遠泳、小遠泳、沖船と、それぞれの泳力にあった遠泳があります。中でも泳げるものより、泳げない者のギリギリに設定された距離を船の上から飛び込んで、浜まで向かう沖船が一番感動します。生徒は浜で見守っている仲間が歌を歌い続け応援する中、意を決し飛び込みます。中には怖さのあまり、なかなか飛び込むことができない者もいます。それでも全員が待ち続けます。もちろん助手が両脇を固めますが、できる限り一人で泳がせます。生徒はたった一人で、全員が歌いながら応援する浜に上陸するのです。こんなすごい特設ステージは、そう簡単に作れるものではありません。

至大荘が建てられている所も、トンネルを抜け、前は海、周りは崖に囲まれた所にあります。まさに何もない閉鎖空間で、生徒はここで一週間寝食を共にします。

一週間の期間で、練習からクライマックスの飛び込み、遠泳と、実に巧妙に生徒一人ひとりが達成感を得られるようなプログラムが組まれています。この行事を終えると、九段生は真の九段生になっていくのです。

このようなプログラムによって得られた生徒の達成感。この「生徒の達成感」というキーワードは、私の後々の学校経営のベースとなっていきます。